HOPPYの仲間たち|~ジムで見つけた僕の居場所~
第3話「重さの向こうに、何があるブー?」
ジムの空気には、麦茶の香りがする。
たぶん、誰かのシェイカーの中身が麦茶だからなんだけど、ボニーはその香りがけっこう好きだった。
今夜も誰もいないHOPPYで、ひとりベンチに寝そべる。
目の前にあるのは、ぴかぴかのバーベル。60kgのプレートが、静かにこっちを見ている。

「うーし、今日こそ胸筋に話しかけてみるブー」
ボニーは両手を組んで胸に乗せた。
それから、ふうっとひと息ついて、ゆっくりバーベルを握る。
持ち上げて、下ろして。持ち上げて、下ろして。
胸の上で重さが踊るたび、いろんなことがよぎる。
たとえば――昔のこと。
がむしゃらに働いて、食って、寝て、また働いて。
自分がどこに向かってるのかもわからないまま、ただ日々をこなしてた。
いつからだったか、“自分のために何かをする”ってことを忘れてた。
筋トレを始めたのは、そんな自分が、なんとなくイヤになったからだ。
「重さって、裏切らないブーな…」
「がんばったぶんだけ、応えてくれるブー」
「……たぶん」
誰に聞かせるでもない、ボニーのひとりごとがジムに響いた。
ふと、天井を見上げる。
そこに、かつて小さな声があったような気がした。
戸棚の奥に、今も残っている赤い小さなコップ。
ひとりで暮らすには必要ない、それが捨てられずにいる理由。

(……ま、昔のことブー)
そう思いながら、ボニーはバーベルを丁寧にラックへ戻した。
「……っは、いけね、涙出るとこだったブー!」
勢いよくベンチから起き上がると、ボニーはタオルで顔をぬぐった。
別に泣いてなんかいない。ただ、汗が目にしみただけ。
そのまま、ジムの床にごろんと寝転がる。
「よし、明日はモッティの補助でもするブーかね〜」
「…あいつ、スクワットひとつで立派な顔してたブーな」
ひとりで笑って、また天井を見た。

今日のひとこと
「ブーっと笑ってごまかしても、重さの向こうにある想いは、消えていない。」
次回 第4話 「あのバトンが、いまも落ちたままなんだ」