HOPPYの仲間たち
~ジムで見つけた僕の居場所~
第9話 「岡田氏パーソナル BONNYの場合」
「じゃあ、今日はベンチプレスやってみようか」
岡田氏の声に、ボニーはひとつ頷いた。
いつもの青いシャツが少しだけ緩くなった気がする。それはうれしいはずの変化だった。でも、なぜか最近、バーベルが少し重く感じる。
「……前より軽いはずなのに、なんでか上がらないなあ」
ふと、心の声が漏れた。
「ボニー、ちょっと見せてごらん」
岡田氏が、フォームをじっと観察する。
静かに、でも深く見てくれるまなざし。
ボニーがこのジムに通い続けている理由のひとつ。
「うん……がんばってるのは伝わる。でもね、力の入れ方、ちょっとだけ見直そうか」
そう言うと、岡田氏はベンチに腰掛けて、まっすぐボニーの目を見て話しはじめた。
「骨格で受けて、腕の力は抜かないと、それ以上成長できないよ」
ボニーは目を丸くした。「え、力を抜くんですか?」
「うん、全部の力を使うんじゃなくて、“必要なところにだけ”使う。関節と骨格で支えて、そこに筋肉をのせていく。それがベンチの基本さ」
「なるほど…!」
言葉にしながらも、ボニーの頭の中では、最近の変化がぐるぐる回っていた。
――食事を減らして、体重が落ちてきた。
――けど、記録は……あまり伸びてない。
――見た目は変わったけど、自分が“強くなった”という感覚があまりない。

岡田氏は、その迷いを察したのか、ふっと表情を和らげて言った。
「ダイエットして体重が落ち続けてたら、重量は上がっていかないよ。筋肉も、パワーも、材料が必要なんだ」
ボニーは静かにうなずいた。
本当は、もっと強くなりたかった。もっと“かっこよく”なりたかった。
でもどこかで、体重が増えるのが怖かった。
「じゃあ…少しずつ、食べてもいいのかな」
「うん。自分の目標に合わせてね。体重の数字だけじゃなく、“何を目指すか”を変えていくタイミングかもしれないよ」
その言葉に、ボニーの心のなかに、静かに火が灯った。
目指したい自分は、「痩せている自分」じゃなかった。
“強くて、自信のある自分”だった。
「じゃあ……もうちょっと食べてみようかな。プロテインだけじゃなくて、おにぎりもつけようかな」
「それでいいと思うよ」
岡田氏は笑った。
その笑顔が、ボニーの決意にやさしく背中を押してくれた。
――今日のベンチプレスは、記録更新じゃなかった。
でも、ボニーのなかで、なにかが確実に変わりはじめていた。
今日のひとこと
「強くなりたい」――その本当の意味に、ボニーは気づき始めていた。
次回 第10話「今日はジムに来ないってさ」