HOPPYの仲間たち ~ジムで見つけた僕の居場所~
第26話「“その前の日”に話したこと」
いつもの夕方。
ジムの空気は、少しだけ静かに感じられた。
ルルは、いつになく早めにトレーニングを切り上げ、
ストレッチマットの端でぼんやりと座っていた。
そこへ、そっと近づいてきたのはフクロカさん。
無言で隣に腰を下ろすと、ほんの少しだけ、ルルの方を見た。
「ルルくんって、最初からスクワット派だったの?」
「えっ……ああ、そうですね……」
ルルは目を伏せたまま、言葉を探す。
「……あの、別に相談とかじゃないんですけど」

「うん」
「なんか……最近、トレーニングしてても、前と違う感じがするっていうか……」
「どこかが変わった、ってわけじゃないんですけど。
でも、どこかが“合ってない”気がする、みたいな……うまく言えないです」
フクロカさんは何も言わず、静かにうなずく。
ルルは少し間を空けてから、続けた。
「このまま続けてて、いいのかなって思ったり……
かといって、じゃあ何がしたいのかって言われると……わかんないんですよね」
フクロカさんはただ、そのままの空気で聞いていた。
ルルの声には、いつものような確信やスピードはなかった。
「……どこか、ちがう場所に行ってみたら、
何かわかるのかなって……思ってるだけかもしれないです」
「うん、そうなんだね」
ふたりの間に沈黙が落ちる。
でも、それは“気まずさ”ではなく、“受け止めてもらえた”という静かな安心だった。
その日の夜、フクロカさんはジム奥のカウンターに座り、ノートを開いた。
そこに、こんなふうに書き記す。
「LULUくん。今日は、うまく言えない気持ちを少しだけ話してくれた」
「変わったわけじゃない。でも変わりたくなったのかもしれない」
「どこかへ行きたい、というより、“ここ”にいられる理由を、探しているようにも見えた」
そのとき、カウンター近くを岡田氏が通り過ぎた。
少しだけ視線を向けた先、ルルとフクロカさんが並んで奥の部屋へ入っていくところが見えた。
岡田氏は何も言わず、目を閉じるようにひと息ついた。
今日のひとこと
「言葉にならない気持ちこそ、本当の迷いの証なのかもしれない」
次回 第27話 「言わなくてもわかるから」