HOPPYの仲間たち ~ジムで見つけた僕の居場所~
第32話「ルル、どこか遠くを見る」
同じスクワットでも、場所が変われば、空気も重さも違って感じる――
そんな風に、ルルはふと思った。
IRON HELLのジム。
冷たい鉄と黒い床、トレーナーの掛け声が響く中で、ルルは静かにバーベルの前に立っていた。
誰とも目を合わせず、黙々とセットをこなしていく。
鏡に映るのは、まっすぐな目をした自分。
でも、その視線の奥には、少しだけ“遠く”を見るような、そんな光があった。
「……ルル、また来てるな」
背後で誰かがつぶやく。
それは、ゴリラーマンだった。
彼はIRON HELLの整備スタッフという立場で、今ではトレーニングエリアにも顔を出すことがある。
「うん、来てる。毎日。集中してる」
「……強クナリタイ。ソレハ、分カル。ダケド……」
言いかけた言葉を、彼は飲み込んだ。
岡田氏とフクロカと話してから数日。
彼の中で、HOPPYとIRON HELLの違いが、はっきりとわかるようになっていた。
ここの空気は、静かに追い込まれる。
限界を越えることが“当然”とされる。
ルルは、その空気の中でもブレずにトレーニングしていた。
でも――ふと、セット間の休憩でうつむいたその横顔に、
ほんの少し、迷いのようなものが浮かんだのを、ゴリラーマンは見逃さなかった。
「アレハ、戦ッテル顔……ナンダケド、ドコカ……寂シイ」
彼は心の中でそうつぶやいた。
ストレッチスペースに移動したルルは、再び鏡の前に立ち、
自分の脚を見つめる。
その視線は、自分の内側に向かっていた。
「ちゃんと強くなれてるんだろうか」
「それとも、なにかから逃げてるだけなんだろうか」
誰にも聞かれないように、
でも、自分の中ではずっと鳴っていたその問いが、
鏡の中のルルに問い返されたような気がした。
今日のひとこと
強くなろうとする気持ちは、誰にも見えないところで揺れている。
それでも、向き合い続ける姿は、もう強さのひとつだ。
次回 第33話 「止まったフォーム」