HOPPYの仲間たち
~ジムで見つけた僕の居場所~
第33話「止まったフォーム」
重さを追いかける場所。声を出すのも禁止された、無音の空間。
だけど――心のどこかが軋んだのは、その日がはじめてだった。
IRON HELL。
無駄な会話も、笑い声もない。
ただ、呼吸とバーベルのきしむ音だけが、硬く積み重なっていく。
ルルは、いつものように黙々とトレーニングに励んでいた。
メニューもこなせていたし、数字も伸びていた。
でも、なぜかその日の脚は、どこか重かった。
そのとき――隣のラックで女性会員がフォームを崩してバランスを失い、
重さに潰されかけた。
「……ッ!」
反射的にルルが駆け寄ろうとしたその瞬間、
それよりも早く、クロノスの怒号が響いた。
「止めなくていい。潰れて学べ。
その程度で壊れる体なら、そもそも戦えない」
周囲の誰も動かない。誰も声を出さない。
女性はなんとか自力で立ち上がり、悔しさに唇を噛んでいた。
ルルの脚は、前に出る寸前で止まった。
誰かのために動こうとしたのに――
「その場に立ちすくんだ自分」に、自分自身が驚いた。
「ボクは……なんのためにここに来たんだっけ」
クロノスの言葉が、頭の中で響き続ける。
「潰れて学べ」
「壊れないために、壊れる経験をしろ」
「“本物の強さ”に、甘さはいらない」
ルルの手が、バーベルから離れた。
それでも誰も、彼の変化に気づかない。
ジムの外に出た瞬間、冷たい空気が体を包む。
足は自然と、HOPPYのある通りのほうへ向かっていた。
でも――
建物の前まで来て、立ち止まる。
中の灯りはついている。
岡田氏の声や、どこか笑い声も聞こえた気がした。
「……まだ、戻る理由が言えない」
だから、ドアは開けずに、その場を離れる。
けれど、しばらく歩いたあと、また戻ってきてしまう。
その日、ルルは、
HOPPYのジムの周りを何周も、ぐるぐる歩いていた。
今日のひとこと
「ここじゃない」と思ったとき、人は動ける。
「じゃあ、どこへ戻ればいいのか」がわからないとき、人は立ち止まる。
次回 第34話 「開いていたドア」