~ジムで見つけた僕の居場所~ 第24話「“正しさ”のすれ違い」
午後のジムに、重たい沈黙が落ちていた。
器具の音も、声もない。
ただひとり、黒い男がカウンターの前に立っていた。
黒蛇のクロノス。
黒のスーツに身を包み、腕を組んだまま動かない。
その前に、岡田氏が立つ。
「久しぶりだな、クロノス」
岡田氏が先に口を開いた。
穏やかに、だが少しだけ声に力がこもっている。
「まさか直接来るとは」
「こういう場所の“空気”を、体感してみたくてね」
クロノスは静かに笑った。口元だけが動く、目は笑っていない。

「なかなか、のんびりしてる」
ジムの床、壁、器具、掲示板をぐるりと見渡す。
「でも……“ぬるい”な。
10年後、この空気のままで、何人が結果を出せてると思う?」
岡田氏は少しのあいだ黙っていた。
そして、器具の方へ歩いていきながら、ポツリとつぶやく。
「俺は、“あと数回やれる”くらいの余白を残すトレーニングが、
いちばん“明日も来たくなる”って信じてるんだ」
クロノスの表情が微かに動いた。
「甘いな。
本気で変わりたい人間に、“余白”なんて優しさはいらない。
徹底的に追い込んで、限界を超えさせる。それだけだ」
「限界を超えたその翌日、立ち上がれなかったらどうする?」
岡田氏の問いに、クロノスは肩をすくめる。
「結果をだせないものに休む暇などない」
一瞬、空気が凍る。
そしてクロノスは、テーブルに一枚のカードを置いた。
IRON HELLの体験チケット。
「この中の誰か、“答え”を探してるように見えたよ。
興味があるなら、歓迎する」
岡田氏はそれを見つめ、触れなかった。
その代わり、静かに言った。
「答えは、人じゃなくて、続けた“日々”がくれる」
クロノスは何も言わず、背を向ける。
「じゃあ、また――“結果”の違いを見せ合おう」
重い足音だけが、ジムの外へ消えていった。
今日のひとこと
「違う道を選んだふたりの言葉が、静かに交差した。」
次回 第25話 「その日から何かが変わった」