HOPPYの仲間たち
~ジムで見つけた僕の居場所~
第36話「背中を向けるのは、もう一度前を向くため」
“ちゃんと戻るには、ちゃんと去らなきゃいけない”
そう思ったのは、HOPPYに戻って三日目の朝だった。
IRON HELLの入り口は、いつもどおり無言で開いた。
冷たい金属と無機質な空気。
誰もが自分のノルマにだけ集中し、他人の存在は背景のようだった。
ルルは足を止め、ジムの奥へ進む。
受付にも、視線を投げてくるトレーナーたちにも何も言わず、
そのまままっすぐ――社長室へ向かう。
扉の前に立つと、中から声が聞こえた。
「入れ」
クロノスだった。
部屋の空気は、ジム以上に冷たかった。
椅子にふんぞり返るクロノスの向かいに、黙って立つルル。
「言いたいことは?」
短く、無感情な声。
ルルは深く息を吸った。
胸の奥で言葉を探す。伝えるためじゃなく、自分のために。
「ボク、辞めます」
クロノスは顔色ひとつ変えずに言った。
「そうか。弱者は続かない。それだけのことだ」
ルルの拳が、一瞬だけ握られる。
でも、すぐに力を抜いて、頭を下げた。
「……ありがとうございました」
部屋を出ようとしたその時、
ドアの外に立っていたゴリラーマンと目が合った。
「ルル。マタ、会エルナ」
「……うん。また」
ゴリラーマンは、何も聞かなかった。
でも、代わりにポケットから何かを取り出して差し出した。
それは、少しだけ色あせたストップウォッチだった。
「走ッテタ、ヨナ。昔。
マタ、走リタクナッタ時、ソレ、使エ」
ルルは一瞬驚き、でもそのまま受け取った。
「ありがとう、ゴリラーマンさん」
ジムの出口に向かう途中、ルルは振り返らなかった。
背中を向けることに、もうためらいはなかった。
これは、逃げじゃない。
背を向けた分だけ、前に進める。
ジムを出たとき、風が吹いた。
胸ポケットのストップウォッチが、カチ、と小さく音を立てた。
今日のひとこと
逃げるんじゃない。
自分の足で、歩いて離れることが「強さ」になることもある。