第4話「分かれ道~ルルの移籍とHOPPYの試練~」
――選んだ先に待つもの――
朝のHOPPY。
トレーニングルームに差し込む光は、いつもと同じだった。
だが、その空気の中に漂っていたのは、確かに“違和感”だった。
岡田氏は、腕を組んだまま静かに入口の方を見ていた。
すでに開館から少し時間が経っている。
それでも、ルルは来ない。
「……」
言葉にはしない。ただ、何かを感じていた。
そのとき、裏口のほうでカサリと音がした。
フクロカがポストを覗くと、そこには毎日のように投函されているチラシがまた入っていた。
黒と赤の印刷。
《IRON HELL 新規会員募集中》と挑発的なフォントで記されたチラシ。
その裏面には――入会申込書が印刷されていた。
フクロカはそれを手にとってしばし無言のまま見つめ、そっと折りたたんで胸元にしまった。
顔は変わらないが、その目だけが、かすかに伏せられた。
***
黒と赤の重厚な外観を持つジム――IRON HELL。
その受付カウンターの前に、ルルが立っていた。
手元には、あの申込書。
自らの筆跡で書き込まれた名前と情報。
それを無言で差し出すと、カウンター奥からクロノスが現れた。
書類に目を通しながら、にやりと笑う。
「ふっ……やっぱり来たか。お前なら、どんどん強くなる」
低く、響く声。そのまま、ルルの肩を軽く叩いた。
ルルはわずかに頷いたが、その目は揺れていた。
まっすぐ前を見ようとしても、ふと視線が右下へ流れる。
わずかな躊躇と、言葉にならない感情が、胸の奥をかき乱していた。
***
そのころ、HOPPYのロッカールームでは、ボニーとモッティが静かに中を見回していた。
「なあ……ルルのロッカー、見てみようか」
お互いに口にするのをためらっていたが、どちらからともなく向かう。
ルルのロッカーの扉を開けた瞬間――
そこにあるはずの荷物が、何もなかった。
いつも置かれていた上靴、リフティングベルト、水筒、タオル……
そのどれもが、きれいに片付けられていた。
「……」
ボニーとモッティは言葉を失った。
ただ静かに、ロッカーの中を見つめたまま、立ち尽くす。
その背後から、岡田氏の声が静かに響く。
「……彼は、自分の道を選んだ。
だからこそ、お前たちも――自分の道を、しっかり見つけていけ」
ボニーもモッティも、何も言えずにただ頷いた。
その胸の奥に、混じりけのない“寂しさ”と“焦り”が入り混じっていた。
***
ジムの隅。
閉店間際の時間、照明が落ちたフロアにぽつりと明かりが灯る。
そこにはフクロカがいた。
記録ノートを広げ、静かにページをめくっている。
鉛筆を持つ手が一瞬止まり、そっと空白の欄を見つめたままつぶやいた。
「……これからどう動くのか。
すべての始まりは、今――なのね」
その直後、ジムの扉が閉まる音が、乾いた音を立てて響いた。
そして夜の静けさが、ゆっくりと、深くジムを包み込んでいった。
つづく
第四章 離れていても、まだ続いている
第1話「空っぽのマット~欠けた輪~」