第3話「支え合う絆~モッティとボニーの奮闘~」
ジムの片隅、いつもルルがいたベンチのあたりに、モッティの視線がふと止まる。
ダンベルの並び、タオルの置き方、少し傾いたままの床マット。
どれもが、いつも通りだ。
(……ルル。僕たち、がんばってるからな)
心の中でそっと声をかける。
返事はない。でも、どこかで聞いてくれているような気がした。
***
その夜、自宅の食卓。
こももが焼き魚の小骨をうまく取れずに苦戦していた。
モッティがさりげなくほぐして渡すと、こももは嬉しそうに「ありがと」と笑った。
しばらくして、ふと顔を上げる。
「ねえ、兄ちゃん……最近、ルル兄ちゃんの話しないね?」
モッティは箸を止め、少しだけ目を伏せる。
「……うん。しばらく会ってないんだ」
それだけを答えると、会話はそこで終わった。
だが、夜になり、布団に入ってもモッティの心は静かにはならなかった。
(……会ってないだけで、想ってないわけじゃないんだ。僕は、信じてるから。いつかまた……笑って隣で、スクワットしてくれる日を)
誰にも聞こえない独り言が、暗い天井に染み込んでいった。
***
午前中の配送を終え、ボニーは車を停めて缶コーヒーを一口。
窓から見える街並みに視線を投げたその瞬間、あることが頭に浮かんだ。
「……あ」
ジムに来ている高齢の会員たちの顔が思い浮かぶ。
たしか、少しキツそうだった人がいた。休憩中に「もう少しゆっくりできるメニューがあったらなあ」と笑っていたのを思い出した。
「ストレッチとか、軽いやつ……オレたちでも考えられるかもな」
缶を置き、エンジンをかける。
その足は自然とHOPPYへ向かっていた。
***
「岡田さん、ちょっといいすか」
ボニーがジムに現れたのは、昼すぎの静かな時間帯だった。
会員もまばらで、岡田氏は一人、器具のチェックをしていた。
「高齢の人向けに、ゆるいストレッチ会とか……どうですかね?
なんか、最近ちょっと空気も重いし、俺らで少しでも盛り上げられたらって……」
ボニーなりに、選んだ言葉だった。
岡田氏はほんの少し目を見開いて、そして柔らかく頷いた。
「……ありがとう。助かるよ、そういうの。会員さんがそんなふうに言ってくれるの、うれしい」
ボニーは照れくさそうに鼻の頭をこすった。
「いや……オレも、ここに助けてもらってっから」
***
その日の夕方。
HOPPYのホワイトボードに、小さなチラシが1枚貼られた。
《ゆるストレッチ会 はじまります》
モッティが描いたイラストに、ボニーが考えたキャッチコピー。
「まずは体を動かす習慣から!」という一言が添えられていた。
「これ、いいじゃない?」
「行ってみようかしら」
会員たちの間に、少しずつ笑顔が戻ってくる。
***
IRON HELLの寮の一室。
ルルはスマホを開き、ある写真をぼんやりと見つめていた。
モッティとボニー。
3人がジムの前で腕を組んで笑っている姿。
「……合わせる顔がないな……」
ひとりごとのように呟く。
そのあと、スマホを伏せ、トレーニングウェアのままベッドに倒れ込んだ。
膝裏がうずく。肩が張っている。どこもかしこも痛むのに、誰にも「今日は軽くしよう」と言ってもらえない。
「もっと速く」「あと1回」「それじゃ勝てない」——
頭に焼きついた声が、静けさを破る。
毛布にくるまり、小さく丸くなってつぶやいた。
「……でも、戻れない。今さら……」
冷たい蛍光灯だけが、ルルの背中を照らしていた。
***
夜。
清掃が終わった後のジムに、岡田氏が一人、立っていた。
床に残ったモッティの手描きのラインテープ。
受付の横に並んだボニーのストレッチ案内。
「……ありがとう、みんな」
誰に向けたともなく、そう呟いた声は、ほんの少しだけ温かかった。
つづく
第四章
第4話「ルルの帰還~挫折からの再生~」