第2話「モッティの覚悟~兄妹の約束を超えて~」
土曜の夕方、ジムを出たモッティは、そのままこももの通う学童へと足を運んだ。リュックを背負い、小走りに出てきたこももが、彼を見つけて笑顔を浮かべる。
「お兄ちゃん!」
モッティは、いつものように優しく手を振った。その笑顔に応えるようにしながらも、彼の胸には、どこか言い知れぬ重さがあった。
帰り道、街灯の灯りがぽつぽつと点き始めるなか、こももは手を振りながら話す。
「今日ね、ななこちゃんの話で盛り上がったんだよ。おともだちの女子、みんなななこちゃんみたいなスタイルになりたいって!」
「へぇ、そっか。ななこちゃんって、やっぱり人気なんだな」
モッティは少し笑って応じる。
こももはふと立ち止まって、ぽつりと言った。
「ねえ、お兄ちゃん……ママって、ずっと帰ってこないの?」
その声に、モッティの足も止まる。
「……ママはね、仕事がすごく忙しいんだ。でも、俺がいるから大丈夫だよ」
そう言いながら、モッティはかつてのある出来事を思い出していた。
* * *
こももがまだ小さかったころ、ママの帰りが何日も遅れることが続いた。
寂しさを紛らわせるように、こももは毎日テレビを見ていた。
その中に出てくる、アイドル歌手の梅島ななこ。
テレビの前でこももは言った。
「ねえお兄ちゃん。ママ、今日も歌ってるよ!」
モッティはそのとき、何も言えなかった。
こももは本気で、ななこをママだと思っていたのだ。
自分のママは、テレビの中で輝いていて、でも自分のそばにはいない。
その勘違いが、彼女の寂しさの証のように思えて、モッティの心を締めつけた。
だから彼は決めたのだ。
“自分だけは、こもものそばにいよう”と。
それが彼が公務員という安定した道を選んだ理由だった。
定時に帰れて、必ず週末は一緒に過ごせる。
それが、こもものためだと思った。
けれど、最近のジムでの出来事が、モッティの心に小さな波紋を広げていた。
こももにスクワットを教える時間が、なにより楽しい。
先日の高齢者イベントで、岡田氏の補助に入ったときにも思った。
(……僕、教えるの、好きかもしれない)
いつからか、ジムでの時間が、日常の中で特別な意味を持ち始めていた。
その夜、HOPPYの照明が落ちたあと、モッティはひとり、ベンチに座っていた。
「……こももの兄ちゃんとしてだけじゃなくて……」
静かに言葉を紡ぐ。
「僕自身も、一人のトレーナーとして、やってみたい。そう思ってる」
手元のメモ帳に、彼はこう書いた。
「教えることの先に、自分の生き方がある」
書き終えると、ふっと息をついた。
翌朝、玄関でランドセルを背負ったこももが、振り返って言った
「兄ちゃん、今日もスクワット教えてね!」
モッティは、笑顔で手を振った。
その背中を見送ったあと、ゆっくりと目を閉じる。
(これからも、僕は僕の道を歩む)
心に、静かな覚悟が灯っていた。
つづく
最終章
第3話「HOPPYの絆~三人が再び交わる場所~」