第4話「秘密の扉~あこがれの人はすぐそこにいた~」
「モッティお兄ちゃん、ちょっとこっち来て!」
夕食後のリビングで、こももがソファの上でスマホを見ながら手招きしている。画面には、モデルでありながら本格的な筋トレをこなすことで人気の“梅島なな子”のYouTubeチャンネル。
「これこれ!“スクワットは愛です”ってシリーズの新作!」
こももは画面にかじりつきながら、目を輝かせて言う。
「……あれ?」
隣に座ったモッティがふと声を漏らす。
なな子がスクワットしているその背景。グレーの壁に、見覚えのあるベンチとバーベルラック。
「この壁……なんか見覚えあるな。これ、HOPPYの控室にそっくりだぞ……?」
「えっ!? HOPPYって、モッティお兄ちゃんが行ってるあのジム!? もしかして……なな子さん、そこで撮影してるの!?」
目をまんまるにしたこももが、瞬時に身を乗り出す。
「わかんないけど……あの色の壁、なかなか無いんだよなぁ……」
「……ねぇ、お兄ちゃん。HOPPY、ちょっとだけ、見せてくれない?」
翌日。
「今日は休館日だけど……まぁ、外から見るだけならな」
そう言いながら、モッティとこももはHOPPYの前に立った。
「鍵、かかってるよね?」とこももが聞くと、
「そうだな。……って、あれ?」
扉は、なぜか少しだけ開いていた。
中に入ると、ジム内には照明機材と三脚がずらりと並んでいる。ベンチ台の位置も普段と違い、カメラ映えを意識した配置になっていた。
「あの……こんにちはー……」と声をかけると、カウンターの奥から聞き覚えのある声。
「こんにちはー。あ、ごめんなさい、関係者の方……?」
それは、画面の中でしか見たことのなかった本人――梅島なな子だった。
こももはその場でフリーズ。言葉が出ない。
「ち、ちがいますっ!あの、あのっ……!だ、だ、大大大大ファンなんですっっ!」
顔を真っ赤にして、こももが言った。
そこへ、奥から現れたのは岡田氏だった。
「おや?……モッティ? どうした、忘れ物か?」
モッティはぺこりと頭を下げ、「すみません。妹が……なな子さんの動画見て、ジムの背景が似てるって気づいて……ちょっとだけ見せてって言われて……」と説明した。
岡田氏は苦笑して、「なるほどね。よく気づいたなあ」と言って、あっさりと入室を許可した。
「せっかくだから、見てっていいよ。今日は撮影日なんだ」
さらに、フクロカさんが記録ノートと一緒に控室から顔を出す。
「私、撮影のお手伝いをしてるの。照明の位置とか、音声チェックとかね」
「……えっ、フクロカさんが!?」
驚くモッティに、フクロカさんはいつもの落ち着いた口調で微笑んだ。
その後、撮影が始まった。
なな子さんは本番では凛とした表情でスクワットをこなしていく。フォームの正確さ、美しいライン、そして何よりカメラに映る自信と情熱に、こももはただただ息を呑んでいた。
だが、休憩時間。
カメラが止まると、なな子さんがふと岡田さんへ振り向き、
「ねえ?、さっきのバランスボールちょっとだけ奥に動かした方がいいんじゃない?」
「わかった。こうか?」
「うん、ありがとう!」
そのやり取りのトーンが、どうもただの“スタッフと出演者”には思えなかった。
その横顔を見ていたモッティとこももは、目と目で合図を交わした。
(……まさか……)
岡田氏がふと二人の視線に気づき、口元に人差し指を立てた。
「内緒な」
ぽつりとそれだけ言って、カメラ横に戻っていった。
「……やっぱり……」
こももは小声で言った。「岡田さんと、なな子さん、夫婦……なんだ……」
なな子さんは、アイドルを引退してモデルに転向した時に、一般男性と結婚したと発表していたのだった。
一般男性とは岡田さんだったのだ!
隣でフクロカさんが、静かに補足する。
「ふふ、そうよ。彼女がBIG3を始めたのも、岡田さんの影響。動画の場所に気づくなんて、すごいわね」
撮影終了後。
なな子さんが、こももにやさしく話しかけた。
「スクワット、頑張ってるんだって?」
「……はい!」
「応援してるよ」
その言葉に、こももは小さく震えるくらい感動していた。
「……スクワット、もっと頑張ります!」
モッティはその横で、少し照れたように笑いながら言った。
「……今日は、ここに来てよかったなぁ……」
フクロカは、記録ノートをそっと開き、最終ページにこう記した。
――扉の向こうにあったのは、夢ではなく“現実”のかたちだった。
つづく 次回 最終章 最終話